「アルプの時代」を読む

 2021年10月7日 

山口耀久氏の「アルプの時代」を読む。「アルプ」は昭和33年から昭和58年まで25年間、300号までつづいた山の文芸誌。私も手元に何冊かもっているがシンプルなデザインで広告もなく実に品のいい雑誌である。実際に手触りもいい。氏はアルプの発刊当時から終刊まで編集に携わったので彼の語りはアルプに関する証言でもあり、作者たちの実際の姿を面白く読ませてもらった。私には品のいい作品を集めたアルプを論評するだけの力量はない。しかしアルプからは山と誠実に向き合う人々の思いが伝わってくることだけは確かだ。アルプに出稿した人々にとって山は登る対象ではなく歩く場所であった。山を歩きながら廻る思いや詩情を綴り、あるいは描いた作品で構成されている。随筆、詩、デッサン、版画、写真はどれも気負わず落ち着いた作品ばかりだ。アルプが出版されていた25年間、現実の山も世の中も喧騒に包まれていたし変遷もした。しかしアルプは意固地なほどそのような現実を決して語らない。アルプのそのような姿勢に賛同する人たちがアルプのファンになったのだと思うが反面に物足りなさを感じた人たちもいただろう。終刊となるころのアルプの発行部数は4000部足らずであったようだ。山口氏は後を継ぐ書き手がでてこなかったことを終刊の理由としているが私は現実とアルプとの大きな乖離がそうさせたのだと思う。最初は喧騒を避けた静かな場所と感じられたものがだんだんに閉鎖的なものに感じられるようになったのだろう。しかし最後までブームに迎合せず編集方針を貫いた彼らに私は敬意を表したい。今はなくなってしまった出版人の矜持を感じる。

表紙の版画は大谷一良。
氏はサラリーマンの傍ら作品をアルプに送っていた

畦地梅太郎の画文




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