山口耀久氏の「北八ツ彷徨」を読む。
山岳エッセイの名著と言われている。
昭和30年代の北八ヶ岳彷徨の記録である。
私の山デビューは昭和38年ごろ(中学2年だったと思う)に姉とその仲間に連れて行ってもらった霧ヶ峰高原でのテント泊である。夜は皆で歌を唄った記憶があるが、この「北八ツ彷徨」にも「夜は皆で歌を唄った」とある。当時の山遊びのスタイルは現在とは隔世の感を覚えるが、同時に子供時代の記憶が蘇る本でもある。また私の記憶の霧ケ峰も北八ツの近くにあるため親近感を覚える本でもあった。私の記憶の舞台はいまや縦横に道路が通ってしまい無残な姿になってしまったが、「北八ツ彷徨」の舞台はまだまだ当時の姿を残しているはずだ。そんな北八ツを山口氏への表敬訪問のつもりで訪ねてみることにした。
駐車場から遊歩道に入る |
8月28日土曜日、長い九十九折りの峠道を登り、7時過ぎに白駒池駐車場着。すでに標高2000を超えている。無人の管理小屋に駐車料金を入れて出発。涼風が清々しい。遊歩道に入るとすぐに苔と針葉樹林の「北八ツ」雰囲気となる。森に入ってみたものの今回の計画はまるでアバウトだ。足の向くままとりあえず白駒池を目指す。遊歩道はすぐに高見石小屋方面への分岐点に出会う。前後を歩くハイカーは直進して白駒池を目指しているので私は静寂をもとめて高見石小屋方面へ向かう。人声から解放され北八ツ気分になれそうだ。
登山道は想定したとおり苔むす針葉樹林を縫うように続く。苔に包まれた岩や倒木、樹林の間から差し込む日差しとの明暗。山口氏が楽しんだ「北八ツ」の世界だ。彼はこの北八ツに小海線側から登り、雨池に至り、そこを拠点に何日も彷徨して楽しんでいた。雨が降れば停滞し、止めば歩き、池で筏を浮かべ、そうやって何日も仲間と過ごしていたようだ。未開の山中で人に会うこともなかった。道もない山中を一週間も彷徨するなんて今の現代人にできるだろうか。そんな思いを巡らせながらやがて高見石小屋に到着。この小屋は山口氏の本にもときどき出てくるので北八ツでは歴史のある小屋みたいだ。
道は小屋の裏手から前庭へ入る。その前庭には多くのザックが置かれている。ハイカーの姿は見えない。おかしいなあ、と周りを見回すと小屋のすぐ上の岩山でハイカーたちが展望を楽しんでいる。自分も迷うことなくザックを下ろして岩場を登る。眼下に北八ツの森が広がった。そうか高見石小屋に来たらこのように振る舞うのが定番なのかと納得する。これから秋にかけて日を追うごとに木々が色づいてくるのだろう。
この先のルートは二つ。登ってきた道とは別ルートで白駒池に下りて池の周りを散策するか上方の稜線まで上がって森林限界の上にでるか。まだまだ時間はある。今日はできるだけ長く歩こう。そう決めて上方の中山方面へとコースを取ることにした。コースはひたすら中山へほぼ一直線に登っていく。苔と針葉樹林が続くがもう単調な登りを楽しむどころではない。息切れがしてきた。陰翳はもういいから明るい光と風の稜線にはやく抜け出たい。上方の明るい稜線目指してひたすら登る。やがて1時間ほどで稜線に達し更に10分ほど平らな稜線を歩くと開けた岩原にでた。中山だ。もうここは陰翳の世界ではなく遠く山々を展望できる無限の空間だ。手前の蓼科山から遠くは北アも南アも展望できる。そうか、山口氏の楽しんだ北八ツとはこのように森と空との大きな明暗の世界なのかも知れない。岩原のあちこちでハイカーたちが思い思いの休息をとっている。私もザックを下ろし休憩だ。
南ア、中央ア方面 |
蓼科、北ア方面 |
しばし展望を楽しみ小休止のあと中山峠へと向かう。ニュウ方面への分岐を確認しやがて中山峠に達する。この中山峠、いままで2回ほど天狗岳から下りてきたことがある。2回ともここから黒百合ヒュッテへと向かった。時計をみるとまだ11時だ。今回はそのまま天狗岳方面へと行けるところまで行くことにする。樹林を抜けやがて視界が開けて目の前に東天狗が姿を現した。急峻な登り、見事な山容だ。
登るかどうか躊躇する |
登るかどうか躊躇する。自分の性格ではきっと一歩でも前に進めばヘトヘトになりながらもピークまで行ってしまうだろう。だからここを区切りとして引き返すか。一瞬の自問自答の後、足は自然と天狗岳へと進みだしてしまった。やがて短い鉄はしごが掛けられた急登のとりつきにでた。ここでストックを畳み両手をフリーにしてひとつひとつの段差を岩と小枝を頼りにクリアしていく。この高度での急登は息が切れる。まさに牛歩だ。幸いに前後に登山者はいないのでマイペースで登れる。数歩進むたびに一休み。息も絶え絶えに登るとやがて傾斜も緩くなり天狗の前庭との分岐点に達する。どうも核心部を抜けたようだ。あとは東天狗岳の山頂までもう一登りだ。ザレ場を慎重に登ると山頂標識とそれを囲むハイカー達の姿が見えた。さあ山頂だ。とうとう登ってしまった。硫黄岳の痛ましい爆裂壁がこちらを向いている。しばし周りの歓声に包まれ感慨に浸る。そして青空の下に広がる展望を楽しんだ。
時刻は12時半だ。時間を逆算すると帰路は夕刻までかかることが予想さる。そんなにゆっくりと休憩を取る時間はない。ランチもそこそこに帰路に就くことにする。ここは安全を優先するため登ってきた道を忠実に下ることにしよう。15時中山、16時高見石、17時白駒池駐車場。ビデオの逆回しのように歩いた。長い長い歩きであったがログデータを見ると12.5キロしか歩いていなかった。まるで狐につままれた気分だ。でもこれで北八ツの楽しみ方が判ったような気がする。次回からは周回コースで北八ツを楽しんでみたい。
定番の白駒池 |
夕暮れの遊歩道を駐車場に向かう |
領収書がフロントガラスに置かれていた |
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